奥多摩町・小河内地区を中心に、住んだり働いたりしている素敵な方々を紹介するコーナーです。今回は、JR川井駅から車で10分程のところにある”お食事処 ちわき”の店主、西村直美(にしむら なおみ)さんを取材しました。

 

東京最西端の街、奥多摩町。

奥多摩って、何が「魅力」なんだろう。

僕が「地域おこし協力隊」として東京の市街地から奥多摩町に赴任して、2018年12月で半年が経とうとしている。答えはまだ見つかっていない。

奥多摩町は東京都の一番西側、山梨県や埼玉県と隣接した山間部にある、人口5千人くらいの自治体だ。見渡せば自然があり、移りゆく四季をダイレクトに感じながら生きていくことが出来る。自分が生まれ育った都市部にはない「魅力」だ。

でもそれは、自分にとっての魅力なのだろうか、とふと思う。正直に言うと、自分自身が「奥多摩に住み続けたい」と心から思えていないのだ。

奥多摩で暮らしている方々に「どうしてこの町で暮らしているんですか」なんて聞くことはないし、彼らから町の「魅力」を言葉にして聞くこともほとんど無い。それでもこの町で暮らすことを選んでいる彼らは、なぜ「居続けたい」って思えるのだろう。

自分にまだ見えていない魅力を、見つけたい。

そんな思いを抱いていたら、奥多摩と深く関わってきた方にお会いすることが出来た。「食事処ちわき」の店主、西村直美さんだ。

 

自然と隣どうしで食べるごはん

「ちわき」はJR青梅線の川井駅から車で10分。駅からはバス便もあるが1時間に1本、休日になると2、3時間に1本程度と本数は少ない。

立派な古民家は銘酒「多満自慢」で有名な蔵元「石川酒造」の先代社長が川の流れる豊かなこの地を気に入り、新潟県から今の場所に移築したもの。当初は山荘として利用されていた。

建物の脇には崖下に降りる小道がある。大丹波川を見下ろせる店内には、夏になれば清涼な風が店内に吹き込むのだろう。とにかく空気が美味しい。
今回は店一番の人気メニュー【きのこハンバーグ盆】と【鮎のかまどご飯 団子汁セット】をいただいた。

7種類ものきのこが練り込まれてるハンバーグ。あつあつの鉄板にかかるソースのこうばしい香りが食欲を掻き立てる。老若男女に人気と聞いて頼んでみたが、納得の美味しさだった。

【鮎のかまどご飯 団子汁セット】は、【きのこハンバーグ盆】と同じく「ちわき」を代表する看板メニューだ。注文を受けてから一釜ずつ炊くので、20分程の時間を要する。お腹をすかせた後でいただいたご飯は、それはもう絶品。

「大丈夫ですよ、そんなかしこまらないで。足を伸ばして楽にしていただいて」

僕が食べ終わったのを見計らったように、店主である西村さんは姿を現した。物腰の柔らかさに、取材前のどこかピリピリした空気感が徐々にほぐれていった。

建物や料理の説明を一通り説明してくれた西村さんは、今の「ちわき」に至るまでの長い道のりについて話してくれた。

 

すべてはスナックから始まった

奥多摩の大丹波地区で生まれ育った西村さん。中学生の頃から日本舞踊に励み、18歳で名取になった。高校卒業後は美容系の会社に就職。転機が訪れたのは22歳の頃だった。

友達に電車の中で『なにかやりたい』って相談したら、東京でスナックが流行っているらしい、じゃあやってみようか、って。まだ奥多摩にスナックなんて無かったし、スナックって言っても誰にも伝わらないから、昼は喫茶店、夜はスナックとして『和風スナックなかい』を開業した。実家の畑だったところを使ってね。

意外と自治会の方たちが来てくれて。アイちゃんって歌も唄えるかわいい子がいてね、その子目当てで来た人も多かった。町外からもお客さまが来たの。カクテルの作り方は知らないから酒屋のおじさんやお客さまに教えてもらった。本当に忙しかった」

奥多摩でスナックをやろう、という発想が面白い。西村さんとアイちゃんの二人三脚で始めたスナックは、8年も続いた。とんでもないバイタリティだ。

スナックを閉店後、しばらくして「またお店を立ち上げたい」と思った西村さんは、ある料理店の店主に相談した。

「その人は男気ある人で、自分の店の看板料理をイチから教えてくれたの。今度は実家を使って、弟と一緒に飲食店をオープンさせた。父の入院中に勝手に始めちゃったけれど、父も協力して手伝ってくれた」

オープンしてから3年。結婚を機に西村さんは経営から退いたが、育児をしながらも手伝いに通う日々が続いた。

「それから約10年、色々あってね。将来のことを考えたとき、別の店を持ったほうがいいと思って、50歳を前に新しく店をやることになったの」

空き店舗を奥多摩で探していたところ、たまたま使われていない古民家を見つけた。そう、現在の「ちわき」である。西村さんの弟さんが店主となり、弟の奥さまと、西村さんの3人での営業が始まった。

「開店当初は本当に苦労したのよ。事情があって料理ははじめから考え直し。困ったけど知人が助言してくれて、弟の奥さんのアイディアも加わって、メニューが決まっていった。最初のお客さまは、頼んで来てもらった友達でね」

当初は「山菜天ぷら」をメインにした創作料理店だった。山菜天ぷら、きのこハンバーグ、おやきといった創業当時のメニューは、20年経った今でも変わらぬ味を楽しむことができる。


「この建物の雰囲気に合わせたテーブルや調度品ってなると高価でしょ。たくさん工夫はしてきたけれど、はじめの8年くらいは自分たちの給料を出せないくらい大変だった」


「弟の手先が器用でね、照明とか小道具は手作りなのよ」

店内の美しい装飾は弟さんの作品集だ。

一度来れば、好きになってしまう空間。でも道奥にぽつんとある「ちわき」で、どうやってお客さまを増やすかが課題だった。

「開業当初は、インターネットなんて主流じゃなかった。友達に来てもらって、ひとりひとり口コミをしてもらうしかなくて。一人も来ない日が何日もあってね。『自分だけの隠れ家』として楽しんで下さる方が多くて、リピーターとして来てくださるんだけど、口コミの広がりはゆっくりだったかもしれないね」

誰にも言いたくない「自分だけの隠れ家」にしたい気持ちは、一度訪れた者は皆、抱く感情だろう。それくらい居心地がいい。

「5年くらい前かな、テレビ取材が来たんです。お客さまがドン、と増えた。今やっと、こうして話ができるだけの状態にまでなりました」

 

大丈夫だと、どこかで思っていた

お昼時には満席になることも珍しくなくなった「ちわき」。西村さんのお話を聞きながら、人気店であることを改めて実感する。

テレビ取材やインターネットでの地道な発信が、新規の来客要因になっていることは間違いない。けれどそれは料理が美味しくて、雰囲気の良いお店で、西村さんのおもてなしの心があってこそ。すべてが実を結んでの結果だ。

西村さんは自分のことを”楽天家”と称する。

「自分がやってきたことが間違ってる、と思ったことは無かったのね。お客さまがいらしてくれることは確信してたの。苦労は沢山してきたけれど、苦労を苦労だと思わないというか、夢中でやれる。悩むことはあっても、止まらずに前に進めるのよね」


「私が経営するようになって10年になるけど、昔も今も周りの人たちに支えられて、今日まで続けられている」

もっともっと「ちわき」を、そして地元を良くしていきたい。西村さんには、これからもやりたいことが沢山あるという。

「隣の川、水が綺麗だけど、木が生い茂って道から見えないでしょ?美しく見せるように整備して、モミジを植えたらより映えるかもしれない。

ここ最近、空き家が増えてきたように感じる。貸店舗や貸別荘にしたり、野菜の直売所にして、盛り上げていかなきゃ。変わった珍しい車を走らせて、町巡りが出来たら面白いよね」

 

奥多摩は「安心できる場所」

西村さんにとっての奥多摩は、生まれ育った土地、そしてこれからも関わっていく場所だ。長い間、人生を一緒に過ごしてきた奥多摩をより良くしたい。ずっとこの町を見てきた人が思い描く未来は、とても具体的だった。

奥多摩の魅力って、何ですか。まだ自分でも分からなくて困っている疑問を、西村さんにぶつけてみた。

「『安心』かな。今は奥多摩に住んでいないけれど、私が住んでいた頃は、ご近所との付き合いがとても深くて。誰かが病気になれば兄弟みたいに心配して、助け合って。

落ち着くよね。住民が声をかけてくれるから。人との距離感はとても近いよね。自分をさらけ出したまま、いられる場所。

安心しながらお店を続けるって大事。お金のことを考えながらシビアな気持ちになったり、緊張したままお店に立ってたら、雰囲気が悪くなっちゃう。たぶん奥多摩町外だったら、長く続けられなかったんじゃないかな」

安心できる場所。

西村さんにとっての故郷・奥多摩は「安心」を感じられる場所。出生地であり、地元であり、長い時間を共に過ごしてきた場所だからこそ、西村さんにはそう感じられるのだろう。

僕はまだ「奥多摩=安心できる場所」という感覚を理解できないでいる。半年前に引っ越してきたばかりだ。当たり前かもしれない。長く関わっているからこそ見えてくるものがあるはずだ。

「ちわき」に流れるどこかアットホームで隠れ家のような雰囲気、優しい味の料理は、西村さんの感じる安心が形になった、一つの作品なのかもしれない。

インタビュイー:西村 直美さん
インタビュアー:谷木 諒
編集:菊池 百合子

取材日時:2018/11

メニュー

・きのこハンバーグ盆 ¥1,620
・てんむす盆 ¥1,350
・そば天盆 ¥1,350

<春夏限定メニュー>
・春かすみ ¥2,500(3月限定)
・里山の春 ¥2,500(4,5月限定)
・鮎のかまどご飯(4,5,8月限定)
・川魚塩焼き盆 ¥1,780(3〜9月限定)
・鮎尽くし ¥2,500(6,7月限定)
・盛夏の鮎 ¥2,500 (8月限定)

<秋冬限定メニュー>
・錦秋の栗 ¥2,500(9,10月限定)
・猪豚鍋 ¥2,500(11,12月限定)
・鹿の焼き肉盆 ¥2,600(11,12月限定)

アクセス

住所:〒198-0101 東京都西多摩郡奥多摩町大丹波618−1
電話:0428-85-1735
HP:http://okutama-chiwaki.com/

営業時間:11:00~17:00
定休日:第2火曜日・水曜日
冬季1月~3月の間、長期休業あり

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